05/28 (子供用)

『おいしいともだち』
今日はお別れを言う日です。  
遠くへ引っ越すわけではありません。 今までと同じ場所で生活をし、明日もこのはらっぱを駆け巡ることでしょう。 
それでも花子にお別れを言わないといけません。 約束の時間より少しだけ早く着いてしまった太郎は、一本だけグンと伸びているポプラの木の下にねっころがり、空を見上げました。 
『花子になんて言えばいいだろう。』 
兄弟のいない太郎は、花子を自分の妹のようにかわいがり、花子もよく太郎になついていました。 雪の積もった日も、たんぽぽの綿毛にじゃれついたときも、いつもいつも二人は一緒でした。
しかし昨日のことです。 いつものようにジャレ合っていると、太郎は変な気分がしました。 花子が逃げる後ろ姿を追いかけます。 すると太郎の中でムズムズと今までとは違う『欲求』がわき上がったのです。 
太郎はその日の夜、そのことを正直にお母さんに話しました。 するとお母さんは、「それは、もう太郎が大人になった証拠なのよ」と言いました。 大人になること、それはどういうことなのか? 太郎はうすうす気づいていました。 自分の心の変化。 そして体つきも半年前とは比べようがないくらい変わってしまったことを。
 『花子と別れよう』  太郎の出した結論でした。 
なんと説明すれば幼い花子は分かってくれるだろうか? いろいろと考えましたが、ありのまま話すことにしました。 生きていく上で、花子も知るべきだと思ったからです。
いつものとおり、跳ねるように花子がやってきました。 
「今日も鬼ごっこするの、太郎ちゃん?」
「ねえ、花子。」
「なあに?」
花子の耳が、何か考え事としているようにぴくぴく動いています。花子のそんな仕草も、今の太郎にとっては、あのなんとも言えない『変な』気分にさせるばかりです。
「花子は、僕を見てどう思う?」
「太郎ちゃん? んー、最近おおきくなったよね」
花子も、太郎の体の変化に気づいていたようです。
「分かるかい?」
「うん。 だって体の色も、なんか小麦色に変わったもん」
「花子は僕が怖くない?」
太郎は最後に一つだけ、これだけ聞きたかったのです。 
   
「なんで?? 太郎ちゃんが怖いわけないよ。いつも優しいし、花子のお兄ちゃんだもん」
涙が溢れそうになるくらい嬉しく、また悲しくもありました。 そして意を決して太郎は言いました。
「は、は…はなこ…。 あのね、僕と花子は、ほんとは一緒に遊んだりしちゃいけないんだよ。 僕と花子の身体は、全然ちがうだろう? 花子は僕より小さいのに、耳が長い。 僕たちは違う動物なんだ。」 
耳を動かしながら、花子はうなずきます。
「僕みたいに耳がとんがってる動物は他の動物を食べないと大きくなれない。 だから、もしかしたら、もしかしたら、もう少し大きくなったら、花子を食べたくなっちゃうかもしれない。 だからこれからは、一緒に遊んじゃダメなんだ。」 
こらえきれず、太郎はポロポロと大粒の涙を流しました。 花子が不思議そうに見ているのに、それでも涙が止まりません。 
花子は、しばらく泣いたままの太郎が心配になり、 「花子だってさよならしたくないよ…。 ね、太郎ちゃん、これからも一緒にあそぼうよ」と、うつむいている太郎を下から覗き込むように尋ねます。 
花子はまだ小さすぎて、太郎の言うことがよくわからないのかもしれません。 それに花子は、太郎のことが大好きなのです。いつまでも、一緒に遊んだり、甘えたりしたいのです。 涙に溢れた瞳でそんな花子を見つめると、ますます涙が流れそうになりましたが、太郎はこらえました。そして、今度は目尻を吊り上げ、縦長に光らせた瞳孔で花子を睨みつけました。 
花子は、いつもと違う太郎にびっくりしました。なんだか逃げ出したくなる気持ちを一生懸命抑え、
「た、太郎ちゃん…??」  と、声をかけます。 でもその声は、もう太郎の耳には届きません。 太郎は喉の奥からしぼりだすようなうなり声をあげて花子にとびかかりました。
「ウォオオオオオオオ! ウウウウゥォオオオオオ!!」 
そして、花子とは比べものにならないほど太い前足で背中を踏みつけ、その首筋にガブリと噛み付いたのです。 ようやく花子は抵抗しはじめ、後ろ足で太郎のお腹を必死に蹴飛ばし続けました。 太郎のアゴがゆるんだすきに花子は脱け出し、ピョンピョンピョンと一目散に駆けていきました。
太郎は追いかけずに花子を目で追い、見えなくなると、生まれて始めての遠吠えをあげました。
その遠吠えは、平原一帯にいつまでもこだましていました。